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2012年5月17日木曜日

接する相手から見た自分は

クジラから見たらとても小さいんだろうな。
ゾウから見ても小さいんだろうな。
ウシやクマやカバなんかから見てもそれほど大きくは感じないんだろうな。

犬猫から見たら大きいんだろうな。
カラスからみたらとても大きいんだろうな。
スズメから見たらものすごく巨大なんだろうな。

でも、相手にとってそれが気にも留めないものと、とても危険なものとを判断する材料って、やっぱりその生物の特徴や性質だろうな。

ニンゲンから見たゴキブリやネズミはとても小さい。
まぁ、存在だけで嫌われるとかいうパターンもあるが、それを言ったら人間以外の動物から見たニンゲンって生物はとても危険なんだろうな。

ニンゲンから見た毒蛇やスズメバチはとても小さい。
でも、小さくてもそいつらは人間を殺すことができる能力がある。
同じようにクジラから見た人間は小さきくても、ニンゲンの乗る船は大きく、そしてそれを操り、自分らを殺すニンゲンという生物は怖いんだろうな。

ゾウだって大人しいけど、ニンゲンと面識の無いゾウは人間が怖いし、大抵の動物はニンゲンという生物を危険な生物として見るのかもしれない。

もしもニンゲンよりずーーーーーっと小さい宇宙人や未知の生命体と対面しても、恐らくニンゲンは彼らを怖いと思うだろう。同時に、そいつらから見たニンゲンは、また何か恐ろしいと感じるかも知れないし、超絶無敵の殺戮兵器を持っている場合は全く脅威として見ないんだろうな。

結局のところ、相手にとって怖いか怖くないかなんて、接する相手の配慮なんだろうと思う。
心があれば心で応え、力で来れば力で応える。強力な武器を持っていれば強力な武器で対抗する。
実際のところ、ただそれだけなのかも知れない。

相手が何もしなければ何もしないかも知れない。
相手が凶暴であれば相手も警戒するかも知れない。
相手が弱ければ、相手を思い遣るかも知れない。

でも、相手が何を考えているかなんて読めなければ分からないし、読み取れなければ理解もできない。
読み取ろうという努力をしようとしなければ読むことなんてできない。
相手を牽制できなければ相手が直ちに襲ってくるかも知れない。
相手を威嚇しなければ相手を警戒させないかも知れない。

( ´(Д)`)y━~~~ ということで

もしも相手を知ったとき、相手が知ろうとした時、そこにはコミュニケーションが生まれるのかも知れない。

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